2012年02月08日

福島復興住宅プロポ

福島復興住宅プロポ

 道すじも経たず、これといったビジョンも無いなかで、復興住宅「ふくしまの家」のプロポが実施されました。
 これから何処へ、どんなふうに向かおうとするのか、まったく見えていない状況で、どんな「ふくしまの家」といわれても、「順番が違うぞ」「しっかりビジョンを示せ」と言いたくなります。
 しかしせっかく福島県が意見の場を与えてくれたものと理解して、いっそ誰か(知事?)にかわって、勝手にビジョンを提案してやることにしました。
 結果は、かかわったJIA会員全てが広報対象の一次選考33者に選出されました。
 二次ヒヤリング提案者(19者)のなかから実施設計依頼者(8者)に私を含めてJIA会員4名が選ばれました。
 このプロポが、具体的な復興へどのように反映されるのかは、極めて不透明でありますが、我々は、常に連携した形で前向きにとらえて進もうと思っております。



辺見の提案、茶の湯の精神「足るを知る」と、わび茶の空間「四畳半立体9尺グリット」を紹介します。


■ 二次ヒヤリングの主旨説明内容(5分) 
県は「原子力に依存しない新生福島を創造する。」という声明を出しました。
際限ない欲望を満たすための社会がこのフクシマの現状を引き起こした最大の原因でありますから県が示す新生フクシマは、ただ単に3.11以前の社会に戻るものでは決してないと考えます。

我々チームが提案する「ふくしまの家」は、際限ない欲望をかなえる道具としての家ではなく、豊かに生きる、暮らしの有り様としての家そして町、フクシマであります。
tukubai.jpg

ボードに示したのは、京都の龍安寺にある茶室にむかう露地に置かれた「吾れ唯足るを知る」と刻まれた蹲であります。「足るを知る」は仏教の教えであり、日本文化の茶の湯の精神でもあります。

この日本独特の考え方、文化は「豊かさ」とは、「どれだけ多くのものをもっているか」ではなく「どれだけ多くのものを必要としないか」によって測られるものと教えております。

我々は、茶の湯の精神に、新生フクシマのビジョンを求めることとしました。

室町の茶人「村田珠光」は足りないことをよしとする「侘び茶」空間として、3間×3間の正方形の9間を1/4に縮小した四畳半の茶室をつくりました。
以来500年、四畳半は、日本人なら誰もが思い浮かべるもっとも標準的な居住単位、もっとも小さな部屋であります。その多様さは、儀礼の場、食事の場、寝室、考えようによっては、無限の可能性を秘めた人間の動作に適合した空間といえます。

我々はコンパクトな空間でシンプルにしかも豊かにくらす低廉な家を提供するために
ソフト面を茶の湯の精神「足るを知る」そして「暮らしの真の豊かさ」
ハード面を四畳半立体スケールの縦横高9尺グリット3Dとして提案します。

ソフト面の具体的取り組みは「くらし塾」を母体とした、県民全体に広がる啓発活動を通して全国で相対的エネルギー消費が最も少ないフクシマを目指します。
(ハード面は藤田建設工業の高橋が説明を加える。)
我々は、新生フクシマの創造に全力を傾注し、一日も早い復興に貢献いたします。
30年いや40年先を見据えて生まれ変わろうとするフクシマのビジョンが「ノーモアフクシマ」運動となって世界に発信することこそが、フクシマに課された使命であろうとおもいます。そしてそのことこそが、新たな「フクシマプライド」を構築するものと確信いたします。
fukushimanoie.jpg

はじめての書き込みとなりましたが、これからは頻繁に書き込みたいと思います。
内野さんよろしくお願いします。
posted by ft at 20:45| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

辺見さんの
この説得力、魅了されます。

建築家のミースが「レス イズ モア」
と言いました。
要素が少ないほうが豊かなんだ。
「シンプルさ」日本人にはとてもなじみやすい感覚であり、
今回被災地を支えた日本人の美徳にもつながるものだと思います。
今まさに考えるべきは、
本当に必要なの?
と問いかけることです。
Posted by 阿部直人 at 2012年02月08日 21:00
四畳半
豊かでシンプル
フクシマプライド

野にも山にも、「そこにあうスケール感」という意識のない建築が多くなっているなあと反省しますね。この案を見ると。

ありがとうございます
辺見さん阿部さん!!

Posted by uch at 2012年02月09日 09:55
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: