2012年06月01日

書き方一つで、

読み方一つで、また受け止め方や、こうだろ?という思い込み
でたった一つの現実はいかようにも解釈され伝播していく。

ということを、ここのところまざまざと見せつけられる。
新聞、週刊誌、テレビ、ラジオ。

しゃべっている人が「人をコチラに導こう」と思ったら、
同じこというにも言い回しでなんとでも誘導できる。

が、「誰かの発言」は、その前後にどんな注釈を入れようが
聞いた人は自分で評価できる。はず。

野田首相の、「自分の責任で」は、どうでしょう。
なにかあったら、同じように「言葉で済ましますから」という
意識の表明でしかない。のでは。ここでいう責任ってなんだろ。

再稼動が報道されても、知らぬ間に意識がコントロールされて
いるからか、何も起きない。自分も含めて怒らないし立ち上が
らない。「なにそれ」と、言ってるだけ。

人類の無意識の総意が、働くか。どのようにして。


(トクシマ 内野輝明)


posted by ft at 07:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: